がん転移と細胞核の硬さ

がん細胞は,血管やリンパ管に侵入して別の臓器に転移します.この転移の際,がん細胞は細胞核の直径よりも小さい微小な隙間を通過するため,細胞核の硬さががん細胞の転移能に大きく関わっていると考えられます.本研究では,がん細胞の転移能と核の力学特性の関係の解明を目的として,先端直径1~2 µm (髪の毛の約10分の1の細さ) のニードルを用いてがん細胞の核の力学特性の計測を行っています.

心臓の力学適応機構とその破綻としての心不全

心臓は生涯に亘って動き続け,我々の活動を支える血液ポンプです.心臓は,血圧などの力学的負荷に応じて自身の構造と機能を最適化(リモデリング)させます.しかし,慢性的な高血圧などの持続的な力学的負荷に対しては,適応機構が破綻し,心不全を発症します.我々は,医工学的な視点で心不全の発症と進行をマルチスケール(分子・細胞・組織・臓器)に解析し,心臓に備わる力学的負荷に応答する仕組みと心不全の発症メカニズムを明らかにしたいと考えています.

脊椎動物の心臓進化の方向性を探る

脊椎動物の心臓は,生息環境や活動様式に適応するように,変化してきました.たとえば,我々哺乳類の心臓は,2心房2心室ですが,進化的に先行して出現した両生類やほとんどの爬虫類の心臓は2心房1心室です.このように同じ脊椎動物でも,その心臓は形態や構造が大きく異なることが知られています.しかしながら,心臓の機能の違いについてはほとんど調べられていません.本研究室では,様々な脊椎動物の心臓を分子・細胞・臓器レベルで調べることで,共通性と多様性を見出し,心臓の進化の方向性と制約を明らかにすることを目指しています.

心筋細胞のT管膜構造の維持機構の解明

心臓の拍動は,心筋細胞の収縮と弛緩の繰り返しによってつくられています.この収縮と弛緩のタイミングは,細胞内のカルシウムイオン濃度によって決まります.そのため,心筋細胞には,細胞内のカルシウム濃度を緻密に管理する特殊構造が発達しています.我々はその中でも,T管膜と呼ばれる,細胞の収縮方向と直交する方向に細胞膜が陥入した構造に注目しています.左の画像は,1つの心筋細胞の膜を染色したものです.T管膜は規則正しい間隔で細胞の端から端まで存在するため,左の画像のように縞模様が観察されます.収縮と弛緩を繰り返す心筋細胞のT管膜の構造をメンテナンスする仕組みを明らかにし,心臓が拍動をし続けることができる秘密を探りたいと考えています.

血圧による力は血管壁内細胞へどのように伝わるか?

血管は円筒管様な形状です.軟組織であるため,内圧負荷すると周方向に伸びます.しかし,血管壁は不均質であり,実際にどのように内部が変形するのかは不明でした.そこで,血管壁の弾性板(図中の赤)内にマーカ(図の黒く抜けた部分,黄色矢印)を設けた上で血管内腔を加圧し,変形を観察しました.その結果,弾性板層が互いに周方向にずれる変形をすることを世界で初めて見出しました.現在,この変形の細胞や病変に対する影響を引き続き調べています.

多核細胞の効率的取得法確立と性質解明

内皮細胞は培養すると1細胞中に2つ以上の核を持つ多核化が稀に起こります.しかし,このような多核の内皮細胞の性質は詳しく分かっていません.そこで効率的に多核細胞の性質を調査するために,まず多核細胞の取得方法の確立を目指しました.初めに室温環境で培養可能で取り扱い容易であるXTC-YF細胞で多核化条件を検討しました.細胞質分裂で収縮する収縮環を構成するミオシンの収縮運動を抑制し,疎水性ディッシュに播種すると9割程度多核細胞を得ることができました.しかし,内皮細胞に同条件を適用すると十分に多核化しませんでした.今後は,培養内皮細胞でも多核化する条件を見つけ出し,多核細胞の性質を調べることが必要になります.

鳥呼吸器内流体制御機構の統合的解析

鳥類は,哺乳類とは異なる肺構造を有し,高効率な呼吸を可能としています.本研究では鳥類の呼吸器内における流体制御機構の解明を試んでいます.具体的には,CTを用い鳥の気管支樹の構造を詳細に計測するとともに、数値流体計算により鳥呼吸器内の流れを調べています.ウズラやダチョウなど行動様態の異なる鳥について呼吸器内流れを調べることで,行動様態による呼吸システムの違いについて評価することも行っています.このような研究を通じて,鳥類の呼吸器内における流体制御機構に学ぶ高効率物質輸送・交換機構の構築を目指すとともに,力学的な知見を生物分類学もたらすことを目的としています.

赤血球の変形解析に基づく溶血予測シミュレータの構築

赤血球は酸素の運搬に重要な役割を担っています.通常は問題ありませんが,体外循環回路などでは非生理学的な力が作用して赤血球が壊れます.これは溶血と呼ばれ,種々の病気の発症の要因です.我々は赤血球変形挙動分析に基づく溶血予測シミュレータを構築しています.そのために、本研究室では、引張り試験により赤血球の破断強度を調べるとともに、化学蛍光発光反応を利用した溶血かしか技術の開発に取り組んでいます.また、高速せん断変形を表現する赤血球力学モデルの開発に取り組んでいます.溶血予測シミュレータができれば、“どこで”,“なぜ”,“どのくらい”赤血球が壊れるのかを定量的に理解できるようになり,より安全かつ高品質な医療機器を提供できるようになります.

交差流による機械力学的がん細胞検知技術の開発

癌は,癌細胞が血流に乗って他の臓器に移動することで転移します.本研究では、癌転移の早期発見を目的として、血中を循環する癌細胞を検知する方法について研究しています.十字路交差流路の一端から細胞を流して,対向する流れとの衝突部において細胞を変形させます.これを撮影することで,細胞の大きさや変形量を調べ,細胞種の判別を試みています.また,固体-流体連成計算により細胞構成要素の材料力学的特性が細胞全体の変形挙動に与える影響を調べています.

バイパス手術後の脳血流配分予測シミュレータの開発

脳血管バイパス手術とは,動脈瘤を有する母血管を瘤近位部で低減または遮断し,遠位部には他の血管からバイパスを繋げる術式です.しかしながら,術後において適所に充分な血流が確保されない,あるいは塞栓を引き起こすなどの血行動態不全の問題が生じています.もし,術前に術後の血行動態を予測することができれば,より成功率の高い手術が行えると期待されます.本研究では、手術前に患者から取得できる臨床情報に基づいて、バイパス手術を行った後の脳血流動態を予測するシミュレータを開発しています.これにより、より成功率の高い脳血管バイパス手術法を策定できるようになると期待されます.

小児心臓奇形に対する外科手術支援のための数値流体解析法の確立

新生児の1%は心臓や大血管に異常を伴って生まれます.中でも重症度の高い患者に対しては血管を組み替えるような複雑な外科手術が行われます.しかしながら,選択した術式が患者にとってより良い術式であったのか,心臓への負担の少ない流れになっているのかどうかはわかりません.本研究では,小児心臓手術後の複雑な生体の流れを予測するための数値流体解析方法について検討しています.方法が確立されれば,術後の血流評価だけでなく,術前における手術術式の策定支援が可能となり,先天的に心疾患を有する子供たちに対して,より良い手術を提供できると考えられます.

二先弁大動脈弁に合併する大動脈病変発症機序の解明

大動脈弁は本来3枚の弁葉からなる三尖弁ですが、先天的に弁葉が2枚である場合があります.また、何かしらのきっかけで3枚のうち2枚が癒合し、二尖弁状態になる場合もあります.kのような場合では、大動脈の特定領域が瘤化する頻度が高いことが知られています.本研究では、二先弁大動脈弁に合併する大動脈病変の機序解明を目的として、数値流体計算によって二尖弁に対して特異的な血行力学的因子について調べています.

生体の構造と力

生体では加えられる力に適応する(ように見られる)現象がそこかしこに見られます.例えば,大腿骨は中央部分が中空でねじりや曲げに対して強い構造を持っていますし,両端部内部にあるメッシュワークのような(骨梁)構造の梁は主応力方向を向いています.この骨梁構造の場合,主応力方向にのみ梁をもつことで,破壊に強い構造をしていると考えられています.血管壁でも,血圧が高くなると壁内応力を一定に保つように壁厚が肥厚したり,血流量が増えると管径を増して壁面せん断応力を一定に保つようにしたり,血管壁構造を変化させる現象が見られます.本研究室では,加齢により減少するタンパク質エラスチンの血管壁内構造(図)に着目しています.生物や生体には特異的な形が多く見られますが,時にその形に重要な意味があることがありますので、その隠れている有益な側面を見つけ出そうと考えています.

血管壁の破壊メカニズムの研究

大動脈瘤は,大動脈の一部がコブ状に膨れる血管病変です.この大動脈瘤は次第に拡張する傾向にあり,ついには破裂することがあり,破裂により毎年1万人以上の方がなくなっています.破裂時の致死率が極めて高いため,瘤が一定以上に大きくなると手術適応となっています.しかし,実際には小さな瘤でも破裂する例が少なくありません.そこで,我々は血管壁の破裂メカニズムの詳細な解明を目指しています.本研究室では顕微鏡下でブタやラット等の大動脈を引っ張る試験装置(図)などを用いて破裂メカニズムを調べています.

大動脈瘤の破裂予測

ヒト胸部加工大動脈瘤試料に対し,上記のように圧力を加えて破裂させる試験をこれまで実施してきました.その結果,血管壁のかたさ情報から血管壁の脆弱度が予測できる(図)可能性があることが分かってきました.かたさは破裂まで負荷をかけることなく得られる情報ですので,この性質を利用すると,大動脈瘤の破裂危険性を判断する新たな破裂予測ができる可能性があります.現在は臨床で得られる血管壁のかたさ情報から破裂予測が可能であるかを検証する研究を進めています.

細胞が発生する力の計測法の開発

血管組織内の筋肉の細胞(平滑筋細胞)は,収縮したり弛緩したりすることにより,血管径を調節しています.この平滑筋細胞は動脈硬化など病的な環境では筋力が弱いタイプ(合成型)であるとの報告があります.そこで,我々は細胞タイプにより平滑筋細胞が発生する筋力を計測する研究を既存の技術を利用して実施してきました.しかし,なかなか細胞に最適なコンディションで力を計測することが困難であることもわかってきました.そこで,現在環境に依存しない方法(図)で細胞が発生する力を計測する新しい方法に取り組んでします.