生物に学び,生物を究める機械工学:バイオメカニクス


筋肉は鍛えると太く逞しくなり,使わないとやせ衰えるのは良く知られています.また,宇宙に滞在し無重力状態に曝されると,骨からカルシウムが抜けはじめ,僅か1週間で骨の強度が下がってきてしまいます.あるいは,高血圧に曝された心臓や動脈の壁は正常血圧のものと比べて厚くなっています(図1).どうしてこのような変化が起こるのでしょうか?

どうやら,筋肉や骨,心臓,血管などの生体組織が健全な機能を維持して行くには,“適当な力”が加わっていることが必要らしいのです.そして,加わる力が変化すると,生体組織はその力を元に戻すように自らを変化させることができるらしいのです.だとすると生体が機能を維持するのに必要な力はどのようなものなのでしょうか? また,生体組織はどのようにして力を感じるのでしょうか? 更に,生体と力の関係を上手に利用すると,これまで難しかった病気の治療ができるようにならないものでしょうか?

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加わる力に対する応答はマクロな組織だけに起こるのではありません.組織を構成するミクロな細胞も力に対して色々な応答をしています.例えば,血管壁(図2)の内側を覆っている“血管内皮細胞”は,細長く血液の流れの方向を向いていることが知られています(図3)し,血管壁自体を形作っている“血管平滑筋細胞”は力が加わることにより細胞自身が太って大きくなることが判っています.また,これらの細胞を弾性膜に貼付いた状態で培養し,その膜に伸張と弛緩を加えると,細胞は引張と直交する方向を向くことも知られています.

血管内皮細胞が流れの方向を向いて並ぶのは,血流によって自らに加わる剪断力(センダンリョク,細胞をこすって壁から剥そうとする力)を小さくしようとする応答であり,血管平滑筋細胞が太くなるのは,自らに加わる引張応力(単位断面積あたりに加わる引張力)を一定にしようとする応答ではないかと考えられています.またこれらの細胞が引張と直交する方向を向いて並ぶのは,引張により細胞自身に加わるひずみが最小になるような向きを取るためではないかと言われています.

同様の例は骨についても知られています.骨の内部には細い柱のような骨梁(コツリョウ)が縦横無尽に走っています(図4)が,この骨梁の走行方向は主応力方向(引張や圧縮の力が最も大きくなる方向)に一致していると言われています(図5)し,骨の形自身,加わる力に対して最小の材料で最大の強度を達成するような形になっていることが,19世紀から指摘されています(Wolffの法則).

また,動脈をイカリングのように輪切りにして,その輪の一カ所を切ると輪が円弧状に開くことが知られています(図6).これは切り開く前の輪の内側に圧縮力,外側に引張力が残留していたことを示しますが,これは,血圧が負荷された状態の血管壁の内側と外側が等しく引張力を負担していたために生じる(図7)と予想されています.

このように生体組織は力に対して応答するばかりでなく,その応答は何らかの意味で最適な状態を実現していると考えられています.とすると,このような生物の性質を応用して力学的に最適な機械部品を設計することはできないでしょうか? あるいは,センサを作ることはできないでしょうか? 更には,生物自身に機械部品を作らせることはできないでしょうか?

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生体の仕組みや成り立ち,振舞いを力学的な側面から研究する学問領域をバイオメカニクスと呼びます.機械工学科の必須科目である材料力学や流体力学,機械力学の目を通して生体を眺め解析する学問領域です.私たちの研究室では,細胞と生体軟組織のバイオメカニクスを中心に据え, こうした力と生命現象の関係を,工学的手法を用いて解明すると共に,得られた知識の医学・工学への応用を目指し,日夜研究を進めています.



Biomechanics Laboratory
Nagoya Institute of Technology